GriっとEnglish

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It is better to be a human being dissatisfied than a pig satisfied;
better to be Socrates dissatisfied than a fool satisfied.
-John Stuart Mill (1806-1873) -

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2019年09月

多読に関する関心が最近ますます自分の中で増してきました。
そこで、久しぶりに『英語多読 すべての悩みは量が解決する!』を読み返しました。

その中から、生徒が読む語数について、ここで挙げられているデータを今回はご紹介します。

なお、文字数に関しては、I go to school.で4語。You go to school.で4語。go to schoolは被っていますが、トータル8語とカウントします。

本書の中から具体的な数字として、

・中学3年間で約5,000語
・高校3年間で約25,000語
・受験用問題集1冊で約10,000万語×5冊=約50,000語

という数字が挙げられています。
以上を合計して、中高6年間で読むのは約80,000語~100,000語と計算されています。
これは、英語のペーパーブック1冊分程度だそうですね。

ペーパーブックと言っても薄いのもあれば分厚いのもあるので、一体どれくらいか調べてみました。

ネットで調べたところ、Harry Potter and the Chanber of Secrets(ハリポッターと秘密の部屋)が85,141語(85,116語?とも)と書いてありました。

ちょうど家にその本があったのでどれくらいかイメージ出来るように写真をアップしておきます。
(一応比較としてi Phoneも)
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パッと見、中高6年間で頑張ってもこんだけしか読まんのか、って思いますよね。
例えば、この量の日本語の本しか外国人が読まなかったら、それで日本語はなかなか身に着かんのじゃないかなって心配になります。

従って、『英語多読 すべての悩みは量が解決する!』の著者である繁村氏らは100万語多読を提唱されています。
その具体的な理由・効果などは本書をお読み頂きたいと思いますが、100万語は上述したハリーポッターの本が約12冊分です。
100万語読めば英語力向上は1冊分より当然期待できます。
英語学習者にとって大量のインプットはとても大切ですからね。

最後に、ハリーポッター1冊分の英文しか6年間で読まないことについて私なりの考えを書いて終わりたいと思います。

中高生が英語を読む量は確かに少ないのかなとは思いますが、それでも英語力を高めていく生徒がいることを考えると、日本語の英語教育は決してダメではないと言えるのではないでしょうか?

受験生にもなれば難解な英文が読める生徒がでてきます。
これは例外的に英語が得意な生徒を誇張して取り上げている訳ではありません。

限られた学生生活の中で最大限に生徒が英語力を伸ばすにはどのようにすべきか考え改善していくべきですが、学生の英語力が低いから現在の英語教育はダメという安易な結論にいたるべきではないと思っています。

前々回のブログで林氏の著書『英語は「多読」中心でうまくいく!』を読んでその感想を書きました。

著書の中で、多くの英語学習者が持つ疑問点について、林氏が色々考えを書いてみえます。
多くの研究者や英語学習偉人の言葉を紹介してくれたり、もちろん、林氏の経験などもあり、読んでいて面白いです!

今回はその中の一部を紹介しながら、私の意見・経験を述べていきたいと思います。


暗記について

英語学習において暗記は必要かということについて。
これは結論的には暗記は必要ということです。
ただ、英文を暗記しましょうという勉強のスタンスではなく、結果的に暗記してしまうくらい音読をしましょう、ということを言っています。

私もそう思います。
暗記を目的にしてしまうと確かに英語は辛いものだけになってしまいます。
しかし、英語力を付けるための音読を行い、英文暗記がその副産物と考えると気持ちが楽になるのではないでしょうか?

私がTOEICを指導している生徒さんにも、自分一人で勉強ができなくて本当に困っている人がいます。
(笑ってしまうかも知れませんが、こういう人はメチャクチャ多くいます)
その方に、PART1の音読をどんどんするように勧めました。
その人はTOEICなのに音読するのかと引いていました。
TOEICは問題を解いてナンボって考えていらっしゃるんですよね、過去の自分もそうでしたけど。

その方は、音読はすればするほど内容が覚えられて、結果的にやってよかったと言っていました。
じゃ、仕上げとして細部まで暗記してしまいましょう、PART1の写真を見るだけで全てスクリプト通り言えるようにしましょうと勧めたら結構素直にしてくれました。
最終的に少しのミスはあったものの、ほぼ覚え切ってくれました。

この方などまさに、音読が結果的に暗記につながった好例だと思います。

読むことと話すことの関連性について

次に、読むことと話すこと、について。
この二つは大きな関連性があり、英語を話せるようになりたいのであれば、英文をたくさん読むべきであると主張されています。
また、多読によってインプットを増やすべきとも述べられています。

私も、英会話をする上で音読だけでなく多読も必要な要素だと考えています。
現在英会話学校で教えていて、生徒さんのインプット量の少なさを本当に問題視しています。

インプット量が少ないのにアウトプットができるはずもありません。
(もちろん、英語上達には音読など他にも色々な要素がありますが)
これは、多くの生徒さんを教えた経験からたどり着いた私なりの結論です。

どこで見たか忘れましたが、インプットとアウトプットは8:2か9:1くらいであるべきだそうです。
英会話の授業を1コマ1時間と考えると、単純に考えて生徒はその授業のために4時間~9時間はインプットが必要になります。
授業のためのテキストなどや予習例文を数回読むだけではとてもその量を補うことはできません。

また、生徒さんは単語が身に着かないことをよく嘆いています。
それも、読む量が足りていないのが問題だと思っています。
単語帳や授業テキストで出てきた単語も、使わなければ定着しません。
かといって、授業中の会話で使える単語などは限りがあります。
その状況下で語彙力を鍛えようと思うのであれば、やはり多読が一番だと思います。

子供はまだまだ人生始まったばかりですし、英語の本が読めるようになって先の人生を豊かにしてもらいたいと特に思います。
また、洋書・和書に限らず、本を読む人生は読まない人生より数倍も色々な意味で豊かです。
ですから、子供たちにこそ多読の習慣を身に付けてもらいたいと思います。

もちろん大人もだよー!

まとめ

今回は英語学習者が持ちがちな疑問に対する、林氏の意見を元に私も感想を書かせてもらいました。
これでも、ほんの一部に過ぎません。
著書を読んで、改めて英語学習は音読と多読が必要だと私も思いました。
私もなぜ英語力が付いたかというと、塾講をしていて、そこで寝ても覚めて英語を読んでいたからだと思っています。
難関大学の長文などは、日本語を読んでいても意味がわからない部分があります。
そのような英文の解説を生徒にしないといけない訳ですから、寝る時間も削って勉強していました。
つまり、知らず知らずのうちに多読をしていたということですね。
その結果初めて受けたTOEICは845点でした。
いいのか悪いのかはアレとして、多読をしていなかったら、この点数には到底及んでいなかったと思います。

でも、TOEICのスコアがそうでも、話すのはあまり得意ではなかったです。
というのも、私は音読をしたことがそれまでほとんどなかったからです。
今からでも遅くはありませんが、若いころもっと音読しておけばなぁって今でもよく思います。



國弘正雄氏による、『國弘正雄の英語の学びかた』の感想も今回が第3段になりました。
2週間前に図書館で借りてきてこれで3回くらい読みましたが、何回読んでもわくわくします。

今回は音読と文法の関係性について書いていきたいと思います。


英語の「型」について


國弘氏は、

「「音読」を重ねれば、文法も身につく」

と結論づけています。

國弘氏は同時通訳の神様として知られ、音読の重要性を常に強調されている方ですが、文法の大切さももちろん主張されているのですね。

國弘氏は本書の中で、英語を使ったり理解するための「型」という言葉を何度も使っています。
主語・動詞・目的語・修飾語を意識しながら、まずはその「型」をしっかり形成すべきだと言っています。
英語の基本的な「型」を身につけていくことが必要で、そこから少しずつ複雑な「型」を増やしていくべきと結論づけています。

「型」という大枠があってそこに細かな文法が収まるといった感覚でしょうか。
少なくとも私はそう受け止めました。
例としては五文型が分かりやすいですが、國弘氏の主張は必ずしも五文型のことだけではありません。

國弘氏は、自分が使えない「型」を知識として持っていてもダメだと述べていますが、その意味ではやはり高校英語の文法の授業はまだまだ偏っていると私は思ってしまいます。

高校生から話を聞くと、授業内容が昔よりだいぶ改善されたようではありますが、文法の授業は文法問題を解くための色合いがまだまだ強いです(いつも言いますが、これは先生や学校を責めている訳では無いっすよ!)。

ちなみに、使えない文法と聞いて、個人的にいつも思い出すのがくじら構文です。
A wahle is no more a fish than a hourse is.
みたいなのが8パターンあるアレです。

もちろん大切な文法ですから正しく理解すべきですし、くじら構文が無意味と思ったことは一度もありません。
だって、本や論文を読む時にくじら構文が使ってある場合、それを知らないと意味がわからないですからね。
むしろあのごちゃごちゃしたのを体系的にまとめた先人たちはすごいと思います。
こんな風にまとめるのもいかにも日本人らしいなって思ったりもします。

しかし、生徒がくじら構文で苦労する様子や何度問題を解いてもなかなか身に付かない様子を見ていると、やっぱりまだまだ高校の英語教育って抜本的に改善が必要だって思います。

話が脱線しましたが、國弘氏は、音読をすることでこの「型」を増やすべきだと言っています。

國弘氏の本を読んで、文法と「型」というものは似てはいるけれども、しかしそれは別物と認識すべきということが学べました。
細かな文法よりもまずは型を意識すべきということですね。

私の指導上の経験①

國弘氏の「型」ということに関して、私にも指導上の経験があります。

一つ目は英検対策の整序問題です。

英検4級と5級は整序問題があります。
この級の受験者の多くが小学生です。
小学生は文法を勉強していないか、していてもその時習ったものや繰り返ししたものは覚えていますが、一度しか習っていないものは忘れていきます。
これは大人もそうですけどね。

こういう子たちでも、英検の整序問題はよくできたりします。
彼らは文法的な説明はできませんが、正しく文を作って正解できています。
これも國弘氏のいう「形」ができているからですね。

面白いことに、間違えた問題も何度か音読した後に暗唱までさせれば、次の週に確認した時には少なくとも同じ問題を解くことができるようにはなります。
これも音読で「形」が身に着いたということですね。

このような例からも英語は「型」が先で文法が次であるべき、ということが分かります。

私の指導上の経験②

最近小学校の低学年の生徒に、be動詞の使い分けを教えています。
be動詞の現在形はis、am、areの3つで、I や you などの主語によって変わるという説明をしてしまえばそれだけです。
もちろん、しようと思えばいくらでも他の説明もできます。

生徒によくあるパターンとして、be動詞の現在形はいくつあるかと聞くと「3つ」と正しく答えられます。
また、be動詞の疑問文はどこに置くのかと尋ねると「主語の前」と答えられます。
更に、この否定文はどうなるのかと聞くと「be動詞の後にnotを置く」と答えることもできます。
しかし、整序問題をさせるとできない生徒がいます。
結局これは、先生が求める答えを生徒が覚えてるだけで、「型」は身についていない訳ですね。
こうなると文法が分かっているのか、という問いに対する答えが難しくなります。
生徒は一応文法的な質問には答えられている訳ですからね。

話が少しそれましたが、そんな経験から現在be動詞を教えている生徒には、理論的な文法を教えるよう理もパターンプラクティスをさせながら音読をさせ、「型」を飲み込ませることに力点を置いています。

ちなみに、その生徒は、be動詞は今ならほぼ間違えなく使いこなすことができます。
be動詞の説明はできないでしょうが(笑)。
それはもう少し先でいいかなと思っています。

ところで、彼はその「使えるようになった英語」を母親に披露していました。
本人も誇らしげでしたし、お母さんも一応喜んでくれていました。
このお母さんの残念な点として、子供ができてるのにあまり感情を表さないことです。
性格がもともとそうなのか、たったのbe動詞と思っているのかも知れません。

子供はお母さんが自分のことで喜んでくれるのが大好き!
それなのに、お母さんが淡々としているようでは子供がかわいそうです。

この生徒の素晴らしい点として、同じような内容でも繰り返し粘り強く取り組める性格であることです。
口頭英作文で、ミスをしないようにすることにゲーム性を感じ、数分前の自分と勝負している感じです。
この性格でなければ、短期間で今回のような結果は出せていなかったと思います。
基本的なこと、同じことを嫌がる生徒はもちろんいます。
そこでモチベーションが下がると、明らかに理解に差がでてきますからね。

ところで、be動詞くらいと笑わないで下さいね。
英語教育に携わっている方なら痛いほどわかると思いますが、高学年であっても何となく英語をしているだけでは、例え文法の授業を受けていても、be動詞を主語に応じて正しく使うことができない子はかなり多いです。

私の指導上の経験③

最後の例として、文法の授業を受けている生徒で、単語の意味がほとんど分からない・品詞の認識が何となくでさえもついていないという生徒がいます。

「品詞の認識」ですが、動詞・前置詞という用語を知っているとか、showには名詞と動詞の用法があるということではもちろんありません。
少なくとも「you(代名詞)とis(be動詞)が別物」という感覚を持っているというレベルの話です。

そうでないと、例えば整序問題(整序問題の例ばっかりやな!)で「あなたは生徒です」とう文を作る場合に、「a is student you are.(isはダミーだよー!)」みたいな文を作ってしまいます、割とマジで。

これは生徒の頭がいいとか悪いとかそんな問題では全くないですし、英語が得意・不得意とかでもありません。
単に「型」まだできていないだけの話です。
このような子たちが、英語嫌いにならないように・自身をなくさないように接していますが、このようなことが何回も続いていい気分はしないでしょう。
こちらも授業の工夫・さりげない精神的サポートが必要です。

まとめ

今回國弘氏の本を改めて読み返し、私自身文法と型の違いをしっかり認識しながら指導にあたるべきだと反省しました。

今子供の英語学習熱は高いですが、慌てて英語の文法や会話に走るのには極めて反対です。
しかし、親も親も英語をしないと将来ヤバいと思っていますし、確かに英語はできた方が実際に有利になると思います。

大人も子供も英語を勉強していくのであれば、細かな文法も大事ですが、それ理解・使用できるようになるだけの土台となる「型」を音読によって身に付けるべきですね。
もちろん多読もしましょう!

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